いざ決戦の時 参

みなさんいかがお過ごしですか?だいぶ間を開けてしまって申し訳ない。今回は『決戦平安京』の各レーンのキャラクターについてだったと思います。それでは参りましょう!

 

私の感覚になってしまいますが、初心者の方には下レーンが最も扱いやすいと思います。なので下のキャラクターから紹介していきます。

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まずは〈白狼〉というキャラクターから、このキャラの強みは通常攻撃の割合ダメージです。とは言っても普段から割合ダメージが乗るわけではありません。スキル3の『凝神』を使用することによって通常攻撃に相手のHPに対する一定割合のダメージが乗るようになります。終盤のこのダメージはとても強力で敵キャラに通常攻撃を数発するだけで倒すことも可能になります。

 

このように終盤に向かうにつれて脅威度を増す〈白狼〉ですが序盤は下レーンキャラの宿命で打たれ弱くすぐに倒されてしまいます。なぜ初心者の方に下キャラがオススメかと言いますと死なないことが『決戦平安京』で勝つコツになるのでその立ち回りを最も磨けるのが打たれ弱いbottomキャラだからです。

 

序盤はHPを大切に補助役の後ろに控えてモブを倒していきましょう。野良役のガンクや敵のミスがあればその隙に乗じて相手を詰めていきます。相手も補助役と下役の2人組なので装甲の薄いadcから優先撃破するのが定石となります。

 

〈白狼〉のスキル1は射程と射角が広いので敵に向かって打てば大体当たります。自分のスキルを当て敵のスキルを避けるように立ち回り相手とのHP差をつけていきましょう。

雷鳴

f:id:Argonautae:20200505193805j:image1週間ほど前だろうか空の機嫌が悪い日があった。かつてないほど雷が空に地上に轟いていた。まぁ実際のところはわからない。もしかしたら機嫌がとてもよろしくてテンションが際限なく上がっているかも知れないし、反対に悲しみに暮れているのかもしれない。

 

日本人は古くから空が人のような意思を持っていたり人の感情をその時の天候に見出したりする。特にこれは文章の中に顕著である。現代文の問題で苦労した人も多いのではなかろうか。雨が降っていると悲しみ、晴れていれば幸せを表していると説明されなんとなく理解出来たのはそれが日本の文化だからだろう。

 

現代の日本人も自然の様相に心情を見ることがあるが昔の人々はより多くのことを感じていたはずだ。身が千切れるような悲しみや空に浮かび上がるほどの喜びを。日本人がかつて確かに持っていた、けれど置いてきてしまったもの。

 

遠い空に轟く雷鳴が遠い過去を思わせる。

記憶と嗅覚

「雨の匂いは何の匂いなのか」雨の日に外を歩いているとふと思うことがある。単純に考えれば雨として降ってきている水滴の匂いなのだが、水の匂いと言われても身近な水にはさして匂いは無いような気がする。

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私は雨の日に外へ出掛けると故郷を朧げに感じる。これは雨が地面を濡らすことで土の匂いが強くなるからだと思う。私の故郷は土と水で出来ていたから雨の日はその記憶が呼び起こされるのだろう。今住んでいる場所から凄まじく遠いという訳ではない故郷にこんなにも郷愁を感じてしまうのは、あの場所の匂いとそこにいた記憶が深く結びついているからなのだろう。

 

部屋の中にいると雨の日はあまり好きではないが、ひとたび外に出れば故郷を感じることのできる雨の日は私にとって少しばかり特別な日になっている。次の雨は私に何を連れてきてくれるだろうか。

白と黒そして色彩

今振り返ると彼にはその素質があったように思える。私と彼は高校時代1年間クラスが同じという繋がりしかなく、このまま凡百のクラスメイトと同じように他人になっていくように思えた。しかし共通の友人を通して再び繋がることになった。

 

彼が絵を描いていることを知ったのはちょうどその頃だった。依頼を受けたりもしているらしい。多くの人がただ時間を過ごすなか彼は自分の新しい側面を磨き上げていた。彼にとっては特別難しいことではないのかもしれない。絵が描きたいから、上手くなりたいから描く、そんなシンプルなものかもしれない。しかしそれを実行する難しさを私は知っている。何かを新しく始めるにもそれを継続するにも小さくない意思力が必要であり、誰にでも出来ることではない。

 

彼の強い意思を持った内面を私はまだ理解しきれていないだろう。しかし彼の描く絵を通してその内面を窺い知ることができるかも知れない。紙上の線と点そしてその色彩は彼の内側から創り出されているのだから。f:id:Argonautae:20200411181116j:image

書き手

最近の私は珍しくブログの更新をハイペースで進めている。これからもゲームの記事をあげようと思っているが、しばらくは私の友人の話が続きそうだ。


ちなみに友人の話をする時には私なりにちょっとした設定がある。“過去を懐かしむ社会人の回想“という体であの文章は書かれている。自らを描くというより自身と同じ経験をした人物を描くような感覚だ。自分1人でさえこの難しさなのだから小説などの複数の人物が登場する作品を創るのは余程の難しさなのではなかろうか。感謝と尊敬を作家の方々に表すほかない。

 

今回の記事は小説の合間に差し込まれる設定資料のようなものに仕上げてみた。これは完全に私事だが私はゲームや漫画、小説を読む時その世界観やアイテムの設定を読むのが好きだ。より深くその世界に入り込むことが出来る。同じように多少なりとも私や私の記事に興味を持ってもらえると嬉しい。

 

さて設定資料はあまり長くするものでもない、この辺で終わりにするとしよう。それでは。

01の武器

f:id:Argonautae:20200322150751j:image今日も高校時代の友人の話をしよう。

彼は武器を持っていた。人類の可能性ともいえる強大な武器を。素人目から見てもその技量は凄まじく私の知る中では断トツだった。しかし彼は上へ上へと成長を続けた。彼と周りとの違いはおそらく保持する熱量だろう。ブレがなく静かに、けれど確かに燃え続け周り続ける。私はそんな印象を高校時代の彼に抱いていた。

 

件の彼だが自身の成長とともに後輩の育成にも力を注いでいた。部活動の部長となり1から仲間を集め着実にその勢力を増していった。有望な人材が入ったことをとても喜んでいたのを今でも覚えている。

彼とは卒業以来連絡を取っていないが希望の進路に進めたことは風の噂で聞いた。その場所で良きライバルが出来ればより一層彼は自身を磨くことが出来るはずだ。

 

いつかまた彼と会う時が来るかもしれない。きっと彼は私の想像を超えて大きな存在となっているだろう。彼の持つ《01の武器》はどれほどの進化を遂げているのか、再び会う時が楽しみでならない。私も彼に語る話の種をゆっくりと育てることにしよう。

知性と表現

高校卒業後疎遠になってしまった友人と久々に連絡を取った。ここで少し彼の紹介をしよう。彼はクラスの中心というわけではなかったがその発言はちょっとしたジョークを含みそれに気がついた人がクスリと笑う、実に私好みの人物だった。部活が同じだったこともあり多くのことを話した。最近ハマっているゲームやその攻略法、試験の出来、背伸びをして将来のことを話したこともあったと思う。その時も彼は話の才を遺憾なく発揮し私を大いに笑わしてくれた。

 

このように高校時代から彼の表現の仕方には目を見張るものがあったが真にそれを生かせるのは活字の中なのかもしれない。私はなんの気無しに彼のブログを読んでみた。そこにはセンスが光る文章が軒を連ねていた。f:id:Argonautae:20200321174209j:image

表題にもあるように『知性』と『表現』はリンクすると私は考えている。ここで大事なのは知性と知識は別物である点だ。知識とはすなわちデータでありインプットによって得られるものなのに対し知性とはデータの活かした方というべきものである。どんなに良い食材を集めても料理人の腕が鈍では大したものは出来上がらない、反対に格安の食材であろうとも一流であればそれは極上の品となるだろう。

 

私がこのように何ヶ月も放置していたブログを綴ったのも彼のブログに感化されてのことだ。人が人を突き動かすように人の書いた文章も人の何かを奮い立たせるのかもしれない。